臨床開発

1用量だけの試験

Phase III 試験のように複数の用量を設定することが難しいケースというのはある。欧米企業ではPhase III 試験も複数用量を試すこともあるが、国内においては一般的ではあるまい。

そういう場合以外で、私は1用量だけを行う試験を勧めない。Placebo + Acitve 1 dose という形の試験を何度か経験した。複数用量を提案したが受け入れられなかったが故の結果であるのだが、すべての試験において次の試験設計のための情報量が不足した。

POC試験のように治験薬の薬理作用あるいは治療効果を確認する試験は、確かに1用量ということもありえるだろう。その場合は、多重性など全く無視するほどの多評価項目を設定するか、検証試験的に十分な例数をもって試験遂行したほうがいいのではないだろうか。しかしPOC試験であっても、被験者が複数用量を漸増していく試験のほうが感度としては高くなる。やはり決め打ち用量の試験はどうしても抵抗感がある。

製剤に変更があるときなどは、1用量の試験はやめたほうがいい。期待用量を中心とし、上下にふるべきである。

コストやなんやらでとかく臨床試験のデザインを軽くすることも考えがちだが、私は意図せずに痛い目にたくさんあっている。

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ライティング

しこたまのドキュメントづくりが続く。終わるかなぁ。終わらないかもしれない。いや、不満足でも終わったことにするんだろうなぁ。
Pharmacometicsをやるのに必要なスキルはどれほどあるんだろう。CSR、IB、CTDのライティング自体はPharmacometricianの本分ではないのだが、こういうことを「書けずに」解析だけ行なうという存在は信用を勝ち得るだろうか?それも難しい気がする。これもPMxのスキルなのだろうか。ある人がある学会で話したとき、PPTのスライドに必要なスキルを見せて、これだけあったら赤ちゃんから成人になってもPharmacometricianになれないかもなんて話を聞いたが、まったくもってその通りだ。
生物統計家はライティングをやらないことが多いと思う。というのは、誰かが物を書いている間、督促を受けつつ作表や解析をやり続けなければならないからだ。
しかし臨床薬理の場合は解析しながらライティングせざるを得ない。というか、そういう会社にいるということだけど。

さて、ライティングにこつってあるだろうか?MWのセミナーにでもいけばいいのだけど、まぁ客観的にこうすればいいというのはあまりなくて、場数が大切だろうと思う。

特に今は他社さんのCTDも閲覧可能だし。表現は真似てもいいと思う。もちろん、CTDにそう書くからには、背景にきちんとした解析結果に基づく定量的な議論があったり、論理構成があるから、表現だけ真似ても本質は変わらないが。

まぁ、変なCTDになってはしないかという点、それも大切なわけであって、表現や構成について参考にすればいいんじゃないかと思っている。

ちなみにどのくらいの数のCTDを参考にしたらいいのか?ということがあるが。自分で書くのなら、CTDの2.7.2を最低20品目分を読んでおくべきだと思う。根拠はあるが、まぁだいたい賛成されるんじゃないだろうかなぁ。

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POCまで

できるだけ短期間にPOCをとるというのは理念としては正しいし試験本数は少なくすべきである。というか、Phase I のSAD、MADの次にPOCに飛び込めればよい。日本の場合はPhase I といえども臨床薬理試験として特殊なものはやりづらいから、POC試験は3試験目ですというのはとったほうがよいアプローチである。
しかし、各試験のプロトコールは充実させておいたほうがよい。スピードを稼ぐあまり、評価用量数などを省略しすぎるとPOC試験として試験設計するにも苦しくなり、POCというほどの思い切りができなくなる。
今までのことを考えると思い知った。

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その一点

その一点の血中濃度を得るのが(採血するのが)、どれほど難しいか。PKのための一点採血。

いろいろ言いたいことがあるのだが。。。

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ドキュメント

文書作成の仕事に追われる。もうずうっと、この調子であって、最も創造性が発揮されるべき(?)部分の作成期間が最も短い。CSRやIBの該当パートが極めて短い期間で作成期限が切られることはいかがなものか? そのためだけに貼りついて仕事するならまだしも、プロジェクトを複数持っていて、かつ科学的にもいろいろなことをやらねばならない状態ではいかがなものかと思う。同じプロジェクトで別の依頼も複数舞い込む中、スピード重視による開発期間短縮が単純に質の悪化を招いている例を体験する。

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レポートの文章表現

可能な限り客観的というのは、ある意味事実以外何も言わないことを意味していることである。でも、その理由はある。医薬品開発は小さい世界が広がっていく過程である。要はどんどんデータが追加され規模が大きくなり、その化合物の姿が明らかになっていく。ということは、初期段階で見えている狭い世界の中でいろいろと推測したところで、いずれは明らかになることがあったり、予測が裏切られたりしてしまう。そのため、踏み込んだことを記述しない。

しかし、一方でストーリーのあるCTDも求められている。随所で理由と判断が把握できるものである。これは難しくてセンスがいるのだが、少なくともレポートのレベルでは無理という可能性が高い。

科学的見地をどこにストックしておき、担当が変わったりしたときに引き継ぐのか。動態やPK/PDという立場ではまさに、PPK/PDモデルを引き継げばよい。そこに全ての情報がプールされていることになる。これを目指す。

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