Still Love Her 失われた風景 (TM Network)
TM Networkの名バラードである。現在、iStoreからも購入可能である。CAROLという、TMN初のコンセプトアルバムに収録されているのだが、他曲と比べて人気が圧倒的でちょっと笑ってしまうほどだ。
Get Wild と並んでファンが多いこの曲は、アニメ「City Hunter」のエンディングにもなったことで有名である。
さて、この歌。とてもシンプルな歌である。曲は転調を伴い、その部分ではやや平衡感覚がくらっとくるような瞬間があるため、ヴォーカルとしては緊張感があるような曲だ。自然な転調なのだが、その挿入タイミングがユニークなため集中力を必要とする。
メロディーは小室哲哉の作曲とアレンジ。シンセサイザーあるいはピアノの打鍵が、非常に効果的である。
が、歌詞が言いたいことはすごく少なくてストレートだ。
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歌を聴かせたかった、愛を届けたかった、想いが伝えられなかった
僕が住むこの街を、君は何も知らない、僕がここにいる理由さえも
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この最初の8小節が、すごい表現力を持っている。歌い手には失った恋人がいて、その人と遠く離れた街に住んでいる。離れた街に住むようになったのは、失ってから時間が経ってから。だから、彼女は歌い手が住む街について何も知らない。
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もし、あの時が古いレンガの街並みに、染まることができていたら、君を離さなかった。
もし、あの歌を君がまだ覚えていたら、遠い空を見つめ、ハーモニカなでておくれ。
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歌い手は彼女への愛がまだある。失った愛から、離れることができていない。歌詞をよく聞くとわかるが、この歌は片思いの彼女への歌というよりは、二人でドライブへ行ったり、そこで彼女が歌を口ずさんだりするように、恋人関係であったことが推察できる。
この恋の舞台はヨーロッパのどこかだ。古いレンガの街並みに、あの時が染まれなかったことを歌い手は悔やんでいる。
歌は淡々と歌われる。失恋の歌によくみられる、大きな感情の発露はない。この歌は、全体が歌い手の回想と今の生活について、心の中をよぎる想いと風景の2面から構成されている。
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冬の日差しを受ける公園を横切って、毎日の生活が始まる。
時が止まったままの僕の心を、二階建てのバスが追い越していく。
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歌い手の心の中で、時は止まっている。彼女との別れから、ずっと。それでも歌い手は毎日の生活を生きていることがわかる。冬の日差しを受ける公園を横切って生活が始まるというのは、歌い手が何か新しい生活に取り組んでいることにほかならない。
彼はきっと、新しい街での生活をそれなりにうまくやっていっている。この歌からは、日々の暮らしについての苦しみや悩みは感じられない。むしろある程度の成功をつかみつつさえあるのかもしれない。二階建てのバスが走る街は都会であり、落ちぶれているというイメージはない。しかし、時が止まったまま、と自分の心を表現することによって、そういうものとは関係なく歌い手の心の中には悔恨と、空白があるということが見事に表現されているのだ。
私はこの歌い手の気持ちが痛いほどにわかる。ここで歌われている寂寞とした心象風景と、冬を迎える欧州の古い街並みの対比が、とてもよくわかるのだ。
歌の最後で、歌い手はこう歌う。季節はますます厳しくなり冬を迎えている。愛していた人のことを、いまだ愛しており、その喪失感が変わることがない。季節が冬を迎えていくのは、歌い手の心がまだ痛みを抱えていてそれが消える兆しもないことを象徴している。
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歌を聴かせたかった、愛を届けたかった、想いが伝えられなかった
枯葉舞う北風は厳しさを増すけれど、僕はここで生きていける
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だが、歌い手はここで生きていける、という。
私はよくわかる。自分の心がどれほど止まっていても、今の生活を掴んで生きていくことはできるということが。
歌い手は決して何かに吹っ切れたわけではない。全編を通じて、そのような描写は一つもない。
が、歌は最後に、ここで生きていけると締めくくられる。
自分にとっての哀しみは何も変わってはいないのだが、自分が生きていくための手触りだけはある。そうやって日々を生きることができる。最後は、自分にわずかに残されたもの、それが何かは聴く人に任せられるのだけど、その小さな感触を確かめながら、毎日の生活に歩き出している。そういう孤独な歌い手の背中がみえてくることが、このバラードの大きな魅力なのだろう。
http://www.youtube.com/watch?v=uTWPVsd3Huw
こちらは懐かしい、City Hunter 2 のEnding。City Hunterの舞台は主に新宿であり、私が生きていた街でもあった。とても懐かしい。
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