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ファーマコメトリクス

2011年の冬の話だ。

私はあるシンポジウムに参加していた。韓国のアカデミアが、謙譲の美徳を持って言った。

「日本は韓国よりも長い、母集団解析の歴史を持っている。それに、韓国よりもたくさんの人がPharmacometricsに従事しているよね? 私たちはまだとても少ないんだ。Clinical Pharmacologistと呼べるような人は稀な存在だし、そもそも薬理学者からは科学ではないと呼ばれたりもしていたんだよ。DMPK研究者は実験科学者たちであって、臨床家と協同することだってなかなかない。なぜ、日本ではPharmacometricsの価値とか、そういうものが、いまだ議論の俎上にあるんだい? そして、この会場にはたくさんのPharmacometricianがいるみたいじゃないか。教育機関もないなかで、彼らはどうやって生まれてくるんだい?」

これは一部謙遜である。韓国からは欧米に留学してそのままPharmacometricsの世界で活躍している人たちがたくさんいる。Domesticな環境と、その国からでてきた人たちのことを同じ扱いにするというのは難しい。

そこに対する日本の答えだ。

「自然に育つんだよ」

これは面白い。笑わずにはいられなかった。ユーモアのある答えだった。確かに、私たちは自然に生まれてきたのである。日本という国は、このくらいの人数については、自然発生的に生み出すことが可能なのだ。

これが可能であるということは一種の国力である。日本を悲観してはいけない。

しかしこれでは国際競争力を保つことはできない。

世界は苛烈な競争の中にあるのだが、それを意識することは日本人全体にとっては難しい。製薬企業は一種の保護産業でもあったため、いまだに規制当局と自社という2つの存在しかない世界で議論をする人たちが多い。

つまり、「私たちにPMDAはこのような要求を全くしないではないか。PMDAはわかってくれている。私たちの会社に理解を示してくれているはずだ。私たちは議論を重ねてきた。ちゃんと臨床計画を認めてもらってきたし、臨床試験成績もいろいろと突っ込みどころはあるかもしれないが、まぁいいのではないか。だから承認されるのだ」という世界だろう。

ここには、医薬品の性能を最大限引き出すとか、それを努力する他の企業が存在するという視線はない。「一刻も早く承認を取得する」という文脈においてのみ、他社との競争が存在する。これを、「一刻も早く、適切な用量を設定して承認を取得する」に引き上げる必要があり、これは多くのWithdrawalを経験している医薬の世界では患者目線とも、公共の利益ともあうはずのことのはずだ。これは公共の福祉のマスに対する競争力を上昇させようという提案である。これを企業内で受け入れられるようにしないといけない。

名言が多かった。

「Pharmacometricsの信頼性の議論について注意すべきことがある。方法論としての信頼性と、個々の事例の信頼性の問題を一緒くたにしてはいけないということだ。個別の事例においては、データの持つ情報量の不足から、信頼性に乏しい、あるいは予測性に乏しい結果が得られることがある。しかしそれはPharmacometrics自体が信頼性に乏しいわけではない。方法論自体のバリデートは欧米においてとられつつある現在、日本で適用できない理由はない」

最も端的に、PharmacometricsのCredibilityについてなされた発言だろう。

我々が、後進であることには疑いはない。この日本における議論の現状について、米国から来た人はどう思っただろうか。米国であってもPharmacometricsは単純に信じられてきたわけではない。そこには理解と合意を得るための長い道のりがあった。

80年代から現在にいたるまで、Pharmacometricsの確立のためには薬学の人間だけではなく、医師の力もあった。また、薬物動態のアカデミアの力もあった。論文の著者名をみれば、複合的な構成がわかる。決して同じではないものが集まって、今に至っている。

欧米のPharmacometricsに関する事例や論文には、ある特徴がみられる。そこには共通して、「異分野の人たちとの協働とそのためのコミュニケーションが重要である」というトーンがある。私は最初、PMxの難しさのあまり、それを解説することの重要性に目をむけていた。だからセミナーであれなんであれ、わかりやすく話し、理解を求めてきた。ギリシャ文字で埋め尽くされたPPTよりも、視覚的なグラフがいいだろう?とか、そういうテクニカルなアドバイスが、具体的にあげられてもいたし、私たちもそういう表面の部分をとらえてきた。もちろん、プロマネやClinicianや、そういう人たちとの議論も重要と思ってはきた。しかし真剣にそれをとらえてきただろうか?

「PMxのアウトプットとはなんですか? 私たちはあなたがたに協力を要請されてここに来た。PMxとはどういう数値でアウトプットを出すのですか?」

素朴であり、もっともな問いだ。

コミュニケーションをうながす、幾多のPMx論文にみられる主張が大切なのかもしれない。「Trust me, we are professional」とみられかねないこの技術領域において、そういう風にみえるという意見はまさに出ていた。

こういうことをひっくるめた、思想の到達点は、実は最初に彼の口からでた。長年、PMxにつくしてきた人間の言葉だ。私は最初に聞いたとき、それを抽象論だと思った。しかし議論が最後までいったとき、私は最初に彼が話した言葉が結局のところ一番大事なのではないかと思った。長年にわたり、他者とわかりあおうとしてきた人の言葉、心のありていなんではないだろうか。

「Pharmacometricsが何かだって? うん、それは意思決定の科学なんだよ。定量的な意思決定というもの、その営みそのものだよ。解析とかそういうこともあるかと思うけど、それだけじゃない。PharmacometricianとStatisticianの区別があるかというけど、それを明確に切りわけられるなんてことできないよ。だってPharmacometricsというのは、チームなんだもの。チームで行ない、意思決定を促すんだよ。そこに関わっている人はみんなPharmacometricianなんだ」

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