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数学の記憶

1993年の春の話だ。

私は数学に自信がなかった。数学は好きで勉強してきてはいたものの、化学や英語のほうがとても成績がよかった。英語は、英国をはじめとするヨーロッパの歴史や文化にあこがれがあったからであり、とにもかくにも英語の本を読んでいたからだ。サマーセット・モームの「人間の絆」を原書で読もうとした。読み終わったか途中までだったか実は記憶がないのだが、かなり後半の一節でとても感動した覚えがあるから、だいたい読み通したんだろう。

化学もとても好きだった。これが今の進路を決めるきっかけとなった。有機化学がことのほか好きだった。

数学や物理への憧れがあった。どちらかというと、できるというよりできたらかっこいいと思っていた。これは憧れの世界だ。

しかしあくまでも憧れであった。できがよいほうだったわけではない。物理については、イメージを作るのが人よりも遅れたと思う。数学についてはなんとなく苦手意識があった。

大学に入ると、こういう科目をもっと全力でやらなければという思いが持ち上がった。強迫観念だったかもしれない。教養科目であっても夢中で勉強しなければ、留年するかもなどと考えていた。私は毎日、授業が終わると理学部の図書館に行って何時間か勉強して帰った。

大学の図書館には、個人ではそろえられないほどの蔵書があった。その独特の雰囲気が好きだった。これを好き勝手に読んでいいという環境は素晴らしいと思った。その頃、本が好きになったと思う。

だから読んでいた本が決して自分の専門分野の本には限らなかった。数学や物理学の本も多く読んだ。なぜかやたらやっていたのがベクトル解析で、rotやgrad、divなど、なんとなく不可思議な記号で表現する世界を理解しようと努めていた。

私は必死だった。何かに駆り立てられるように勉強していたと思う。自分の将来も見えず、生きがいもまだわからない中で、何かをつかもうとしていたと思う。これはとても苦しい日々だった。

逆三角関数が理解さえできていればいいような微積分の試験を緊張しながら受けていたことを思い出す。1993年の春はそういう時期だった。

私はまだそのあとの人生を想像もできていない。大学の学生であることが、とてつもなく貴重な身分であることを私は数年後に思い返すことになる。勉強だけしていればいい時期のかけがえのなさを。

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